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福岡地方裁判所 昭和63年(行ク)3号 決定

申立人

伊森昭七

右訴訟代理人弁護士

西本恭彦

野口政幹

加藤達夫

入屋秀夫

被申立人

苅田町長沖勝治

右訴訟代理人弁護士

國武格

池田稔

福地祐一

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一申立の趣旨

被申立人が昭和六三年三月一八日付をもって申立人に対してなした懲戒免職処分は、本案判決確定までその効力を停止する。

第二当事者の主張

一  申立の理由

1  申立人は、昭和六〇年一二月二一日苅田町収入役に選任されたものであるが、同六三年三月一八日付けで被申立人により懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)に付せられた。

2  しかしながら、本件処分は理由を欠き、また、適法な手続を経ないものであって、違法である。すなわち、

(一) 手続の違法

被申立人は、昭和六二年九月二一日、苅田町吏員懲戒審査委員会を設置し、三名の委員を任命した上、申立人の収入役としての適否を付議したが、同委員会は、申立人が弁護士を同席させたい旨要請したにもかかわらずこれを拒み、また、呼び出された関係者の証言に対し申立人に全く尋問の機会を与えず、逆に申立人からの証人申請については時間がない等の理由でこれを却下するなど、適正な手続の保障のないまま処分相当の結論を出したものである。

(二) 処分理由に該当する事実の不存在

本件処分は、申立人において「公金支出にかかる職務上の義務違反および公職上における信用を失う行為があった」ことを理由とするものであり、具体的には、「町県民税の一部調定外収入の事実を知っていながら、町長に報告することなく、昭和六〇年度一般会計決算を調整したこと」及び「霊園墓地造成工事において、法面の一部が崩壊しているのを現認していながら請負業者に工事代金全額を支払ったこと」を指すものと思われる。

しかし、

(1) 苅田町(以下「町」という。)においては、右のような調定外収入を作って、これを県民税の立替納入に流用することにより、県からの徴収委託金の増額交付を受けることが、昭和三五年ころからの慣例となっていた。一方、申立人は、昭和六一年五月一九日にこの事実を知り、速やかに、島会計課長及び江島税務課長に対し、適正な手続をとるよう指示し、同六二年二月には門富助役に対しても調定の要請をしている。また、申立人が、決算において前記収入を除外したのは、調定のない収入を一般会計に組み入れることができない以上やむを得ないと考えたことに加え、会計・税務のベテランである前記島・江島両課長の要請があったためである。

これらの事情に鑑みれば、申立人が被申立人に対し、前記調定外収入等の事実を報告しなかったからといって、収入役としての職務上の義務に違反し、その職務を怠った、ということはできない。

(2) 霊園墓地造成工事に関しては、苅田町霊園の法面の一部が昭和六一年三月二三日の大雨で崩壊したことは、申立人が同年五月一五日に現地でこれを確認した。しかしながら、申立人は、収入役として、関係者からの事情聴取、関係職員等との協議等を尽くし、その結果、右崩壊は、設計を担当した第一復建株式会社の設計ミスにもとづくものであって、施工にあたった株式会社谷口組に施工上の問題はないこと、従って町から右谷口組に対し瑕疵の修補や損害賠償を求めることはできないことが明らかになった。申立人は、このような調査・判断のもとに請負代金全額を右谷口組に支払ったのであり、これをもって収入役としての職務上の義務に反したものということはできない。

(3) 本件処分は政治的意図のもとになされたものである。すなわち、現町長沖勝治は、前町長尾形智矩の施策・方針を否定・改革することを標榜して立候補・当選したものであって、当選後も、前町長派と目される人々の排除をめざしており、申立人についても、前町長時代に選任された者であるため、やはり排除を図っていたのであるが、収入役については任期が法定され、自由に解任できないため、本件処分によってその目的を遂げようとしたものである。

このことは、本件に関連してなされた処分中、かねてから住民税を不正に操作していた前記島会計課長が停職一か月、前記江島税務課長が減給一〇分の一の処分にとどまり、これらの処分は右両名に不正操作の是正を求めた申立人に対する処分との均衡を著しく欠くことからも明らかである。

3  申立人は、妻及び長男、次男とともに生活しており、妻と、大学在学中の次男との生活は、すべて申立人の収入に依存しているものであるところ、本件処分当時の申立人の給与は手取りで月平均約二九万九〇〇〇円であり、他方、申立人ら家族の生活費は月平均約三二万五〇〇〇円である(この差額は貯蓄のとりくずしによって賄われていた。)。申立人は右の給与のほかに特段の収入はなく、これがなくなれば生活が破綻することは明らかである。また、申立人の年齢(五五歳)及び本件処分の存在を考慮すれば、再就職が困難なことも明らかである。なお、申立人は、収入役に就任するため町一般職員を退職するにあたり、退職金として一一六三万五九五五円を受領しているが、右受領から既に二年余を経過しており、その間に、収入役という地位に伴う交際費あるいは農機具、自動車購入等の多額の支出があったのであるから、右退職金受領の一事をもって執行停止の必要が左右されるものではない。また、申立人は多少の水田を耕作しているが、ここからの収穫により、申立人の家族分の米を自給することはできるものの、それを除けば、農業収支は赤字である。

さらに、町においては、現町長派と前町長派との間の政争が続いており、行政の公正・中立が危殆に頻しているのであって、申立人の復帰により、行政のバランスを回復する必要がある。

以上の事実によれば、本件処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものというべきである。

4  よって、申立人は、申立の趣旨のとおりの決定を求める。

二  申立の理由に対する被申立人の意見

1  申立人が、昭和六〇年一二月二一日に苅田町収入役に選任され、同六三年三月一八日付けで本件処分に付せられたことは認める。

2  本件処分は、申立人につき、以下のとおり収入役としての職務上の義務に違反する行為があったため、地方自治法施行規程三九条、三四条に基づき、苅田町吏員懲戒審査委員会の議決を経て、適法になされたものである。

(一) 町県民税の不正操作について

(1) 申立人は収入役として町の昭和六〇年度一般会計決算を調整し、これを被申立人に提出したが、右決算の調整にあたり、当該年度の住友金属工業株式会社小倉製鉄所に勤務する苅田町居住者全員(一四四名)の町県民税特別徴収分(以下「本件町県民税」という。)が、地方自治法二三一条、同法施行令一五四条の歳入の調定を経て町に納付されたにもかかわらず、決算書からこれを除外し、本件町県民税についてはその納入がなかったものとして決算を調整し、提出した。

(2) 申立人は、部下職員が昭和六〇年度の本件町県民税相当額を、一般会計歳入金を預金するべき町の指定銀行の預金口座とは別の預金口座(以下「裏口座」という。)を設けた上で、これに預け入れ、あたかも本件町県民税が一般会計歳入金ではないかのように工作している旨の報告を受けたにもかかわらず、その是正措置をとらず、昭和六一年六月一六日ころには、裏口座から、町長の支出命令に基づかずに、金七七〇万一二九五円を支出した。

(3) 申立人は、裏口座による本件町県民税相当額の不正操作について、町長に報告しなかった。

(二) 苅田町霊園工事請負代金の支払について

(1) 町は、昭和六〇年一一月九日株式会社谷口組(以下「谷口組」という。)に対し、苅田町大字南原字卯井山一二一三番一の一万七七八三・六五平方メートルの土地(以下「本件造成地」という。)に霊園を造成する工事(以下「本件工事」という。)を請負代金一億一四〇〇万円(のちに一億一七〇〇万円に変更)で請け負わせ、谷口組は同工事を施行したが、本件工事完成前の昭和六一年三月一七日に、本件造成地の切土法面(法高二三メートル)の一部に亀裂を生じ、同月二三日には右部分が幅二五メートル、高さ一三メートル、面積六〇〇平方メートルにわたって崩壊した。

(2) 右請負契約においては、工事完成前に工事目的物について生じた損害は谷口組の負担とする旨及び請負代金の請求は工事完成後になしうる旨定めており、また、一般に請負契約関係においては、注文者が瑕疵修補を請求する場合には修補の完了まで代金の全部または一部の支払を拒絶することができ、修補にかえて損害賠償を請求する場合には、損害賠償と報酬支払とが同時履行の関係にあるものであるところ、申立人は、右(1)の崩壊を現場に赴いて確認していながら、谷口組に対し、工事の完成又は瑕疵の修補若しくは損害賠償の請求を行って請負代金の全部又は一部の支払を拒絶することもなく、前町長尾形智矩の支出命令をうけて、請負代金全額を同年五月二九日に谷口組に支払った。

3  本件において回復の困難な損害を避けるための緊急の必要は存しない。

(一) 申立人は、昭和六〇年一二月二〇日に町一般職員を退職したが、これにより、同六一年二月二五日に一〇三三万七四三五円、同年四月二五日に一二九万八五二〇円(いずれも手取額)の退職金を受給した。

(二) 申立人の収入役在職当時の給与は月額四九万円であったが、申立人はその中から毎月五万円の貯金及び一万円の財形貯蓄をしていた。

(三) 申立人の長男昭浩は町職員として年額二六八万二〇五七円の給与を受けている。従って、申立人の扶養家族は妻と次男のみであり、また、次男昭七は苅田町内の大学へ自宅から通学している。

(四) 申立人は、水田六〇アール及び畑一〇アールを耕作しており、米作だけでも約三〇〇〇キログラムの収穫を得ている。また、右水田及び畑は、一億円以上の資産と評価されるものであり、名義上申立人の父の所有となっているが、実質的には申立人の所有である。

(五) 本件処分後、町においては副収入役を選任し収入役の職務を執行させているので、町の行政に支障は生じていない。

4  以上の次第であるから、本件申立は、本案について理由がなく、かつ、本件処分により生ずる回復の困難な損害を避けるための緊急の必要がないので、却下されるべきである。

第三当裁判所の判断

一  申立人が被申立人を被告として本件処分の取消訴訟を提起し(当庁昭和六三年(行ウ)第二二号事件)、これが適法に係属していることは当裁判所に明らかである。また、申立人が昭和六〇年一二月二一日苅田町収入役に選任され、昭和六三年三月一八日付で被申立人により本件処分に付せられたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、申立人につき、本件処分により生ずる回復困難な損害を避けるため同処分の効力を停止すべき緊急の必要があるかにつき判断する。

疎明資料によれば、申立人は妻及び長男・次男と同居・生活しており、妻は職業についておらず、また、次男は大学生であること、本件処分前、申立人の収入役としての給与は月額四九万円、手取額で二九万九〇〇〇円であり、申立人ら家族は主にこの給与によって生活していたこと、申立人は昭和七年一二月七日生れで現在五五歳であり、本件処分後現在まで他の職についていないこと、以上の事実が一応認められる。

しかしながら、他方、疎明資料によれば、申立人は、父名義の家屋を住居とし、父名義の水田六〇アール及び畑一〇アールを耕作しており、右耕作から少なくとも申立人ら家族の主食を賄える程度の収穫をあげていること、申立人と同居している長男は、町水道局に勤務しており、昭和六二年には計二六八万二〇五七円の給与を受けていること、本件処分前の申立人の給与は税込みで月額四九万円であり、申立人はその中から毎月五万円の貯金及び一万円の財形貯蓄をしていたこと、申立人が、収入役に就任するために一般職員を退職するにあたり、福岡県市町村職員退職手当組合から、昭和六一年二月に一〇三三万七四三五円、同年四月に一二九万八五二〇円(いずれも手取り)の退職手当を受給していること、の各事実が一応認められるのであり、以上の事実を総合すると、現在本件処分の効力を停止して給与を支給しなければ申立人がその生活を維持することができないほど経済的に差し迫った状態にあるものとは認め難い。

なお、疎明資料によれば、申立人は、昭和六一年二月から同六三年五月までの間に、コンバイン等の農機具及び自動車の購入、墓碑建設、居宅の修理並びに公民館建設費用の寄付のために計四〇九万円を支出していること、昭和六三年度分の町県民税、固定資産税、所得税、軽自動車税及び妻名義の国民年金保険料の計六五万一〇〇〇円を負担していることの各事実が一応認められるが、右支出がすべて前記退職金をもって賄われたとの疎明はなく、また、右以外の特段の支出についてこれを疎明するに足りる証拠がないのであるから、前記退職金の相当部分が費消されたものとは認められず、従って、退職金を考慮すべきでない旨の申立人の主張は採ることができない。

また、申立人は、本件処分により申立人が執務できないため町の行政の公正が害される危険があると主張し、これをもって回復の困難な損害とするものの如くであるが、右のような危険につき何ら具体的な疎明がないのみならず、そもそも、申立人以外の者が処分によって受ける損害は、同居の親族等の例外的な場合を除き、行政事件訴訟法二五条二項にいう「損害」にはあたらないものというべきであるから、その主張自体失当のものとして排斥を免れない。

そのほか、本件処分により生ずる回復の困難を避けるため、同処分の効力を停止すべき緊急の必要があることの疎明はない。

三  以上によれば、本件申立は、その余の点について判断するまでもなく理由がないので、これを却下することとし、申立費用につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 倉吉敬 裁判官 久保田浩史)

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